サー・フランシス・ピゴット 断たれたきずな 時事通信社 長谷川才二訳
上S34.6.15 228P 36S 300E函
中S34.6.15 206P 36S 300E函
下S34.6.15 234P 36S 300E函
http://webcatplus-equal.nii.ac.jp/libportal/DocDetail?txt_docid=NCID%3ABN07083307本書の価値は、下巻巻末にモーリス・ハンキー卿の
「重光葵にかんするハンキー卿の口述書」(223-230P)である。
なんとか重光が日英の離反をさけようとする苦悩が
後述書であろうとも、切々に伝わってくる。
(五)……問題というのは重光氏が口火を切ったか、ないしは熱心に支持した提案であって(重光氏はこの計画について夏中これを研究していた)、
閣僚が率いる公式のイギリス政府使節団を東京に派遣する計画であった。
これは、来るべき何かの記念式典に出席するという名目で、じつは、イギリスの立場を日本により明瞭に了解させる好機をつかむため、またわれわれの友人ならびに在日イギリス人の力を結集して、日本を大挙訪問しているヒットラーの使者どもの宣伝と対抗するためであった。
この提案は出席者一同の承認を得、ロイド卿はこれをハリフアックス卿につたえることを約した。
(六)二日後の九月十七日に、日独伊三国同盟条約の調印が発表され、日本はイギリスの敵国ではないにしても枢軸国の一員となったため、公式使節派遣計画は一頓挫した。
(八) 上述のエピソードにかんして、わたくしのとくに協調したい点は、重光氏が終始、日英関係の悪化を防止し、またそれを目的とするある決定的な手段−−たとえば滞日使節団の派遣−−を実現することに異常な熱意を表明したという事実である。わたくしはかれの誠意を確信する。また同会談に参加したものはすべて、この点については同意見であることを信じて疑わない。
昭和十五年、サヴォイ・ホテルにおいておこなわれた会談である。
いきずまるような外交において、
ききわけのない松岡(一定程度は評価はできるが外しがでかい!)に
重光が困り、またハンキーやピゴットの重光との情についても、たとえ外交儀礼の範疇をでなくとも、涙が出そうになるほど素敵な紳士である。
日英同盟とはこれほどまでのものである。
一に日英同盟、二に日英同盟、三に日英同盟、であり、
軍事も情報もほとんど英に依存協力の度合いがでかい。
ドイツ系兵器に限りてはたくさんはいってはいるが、
それ以外の金融・経済・外交などは役に立つどころか足を引っ張った
ドイツである。きわめて感慨深い描写である。
なんで不必要な英国と闘った仕舞ったのだろう。
煽りに弱いのは日本人の弱点でもある。
まこと当時少数であった親独連中の害毒はあまりに大きすぎる。
日本浪曼派ですらドイツ批判は中途半端である。
解説には「感銘深い阿部史学の原点と現在」
阿部謹也も、あまりにも無内容すぎて引用には躊躇するが、
中世のヨーロッパの農民は差別されていない、との文脈で
アラブの農民は差別されていた、
大地は大宇宙だから、大宇宙を相手にする仕事が恐れられていたから
という前ふりから
「日本の天皇とは違って、
欧羅巴の国王は病気を治す力があり、
穀物の収穫を倍にする力がある、
平和をもたらす力があると信じられていました。
極端な場合には、雨を降らす力もあると考えられていましたから、
国王も小宇宙、大宇宙の狭間にいるという意味では、差別される、
恐れられる構造のなかにいました」245-246p
阿部謹也『ヨーロッパ中世の宇宙観』講談社学術文庫
91.11.10 290P A6S 800E
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061589997/ などと呆れた、御皇室への私情を綴っている。
大嘗祭は穀物の豊穣を祈っていないか、
昭和帝は平和主義ではないのか、
皇極帝は雨乞いして雨を振らせていないか、
出口王仁三郎ですら雨乞いでどしゃぶりを振らせているぜ。
こいつも反日・反米・反戦の三点セットに、
不敬な反天主義でもあるキ印である。
この解説にはルボライターを称し、
左畜を専攻する動物ライターの鎌田慧が
「差別と自由を考え、解放に向かうための入門書である」
そうだが、正確には
「立憲君主制を差別し、テロリストの自由を考え、
左畜の解放に向かうための入門書である」
とすべきであろう。
小生、いつも考えているのだが、御皇室は、
なぜに反王党派/反立憲君主主義者(反天皇制)の連中を野放しにしているのか?
毎年、日本国内の公敵、つまり
公安調査庁が監視団体指定している指定団体の代表、
一例をあげれば、共産党/社民党の党首、日教組の中央執行委員長などを
なんで呪殺しないのか!・・・・
毎年、毎年、代表がくたばるのでは、なり手がなくなり、
消滅させるのに一番てっとり早いのではないか・・・
代表が空位の場合は二番手、三番手を呪殺する。
皇室神道(伯家神道+国家神道)により呪殺しても
公敵・朝敵なのだから、なんら問題はない。
風呂に入ってる時にその浴室空間、特に被験者の口と鼻周辺にのみ、
大洪水を降らせれば、気持ちよく溺死するではないか・・・
それとも心も汚らしいから、体も汚くて滅多に風呂でも入っていないのだろうか・・・
大御心のわからない一帝国臣民太平としては、
民草の命は滅多なことでは奪えないし、
奪うと、国家の霊力が落ちるとでもお考えになっておられるのだろうか・・・
あたしが神官の資格をとったら神道政治連盟で、
腕利きの若手宮司をあつめて、毎年、
国家の汚れを祓うとして呪殺するんだがな・・・
神道界の呪殺史に詳しい方がいたら、
ご教示お願いいたします。
「基督教徒が基督を以て史的人物となし、
其の傳記を以て史的亊実となすは、迷妄なり。虚僞也。
迷妄は進歩を礙(さまた)げ、虚僞は世道を害す、斷して之を許す可らず。
即ち彼が仮面を奪ひ、扮粧を剥ぎて、其の眞相實體を暴露し、
之を世界歴史の上より抹殺し去ることを宣言す。」123p
幸徳秋水『基督抹殺論』(岩波文庫 1954.9.5 200P A6S 460E)
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/33/4/3312550.htmlhttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003312554/今瞬間的に相場が安い